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coach-bali

私は何者か
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    以前コーチの先輩が紹介していた本に「目標設定練習帳」という本があった。その本には「人間は"森"のようなもの」との記載があり、本当の自分をつかむ「生活史作成ノート」があった。過去の潜在記憶を顕在化させ、「過去の記憶から『ありのままの自分、本当の自分』を認識して、眠っていた夢を復活させ『本当の目標』として設定することが極めて積極的な行為なのである。」そんな風にして自分の本当の目標を探しましょう。という本でした。

    私はその本を読んだときに、自分の潜在記憶の中には体験していないような祖先の記憶も入っているのではないかと感じ。たまたま目にした、リチャード・ドーキンス著『祖先の物語』という本を手にしました。実はまだ上巻を読み終えるところでして、book reviewが書けるわけでもないのですが。内容で大変驚いたことがありました。過去5億年の間に多くの種が絶滅している。当然各「種」はいずれ絶えることになると理解していたが、過去には96%の種が絶滅(96%って、微かに残ってくれていて良かった、ありがとう、という感動的水準だと思うのですが)したベルム紀末を最高に5億年のうちに5度もの大絶滅期があった。今の地球温暖化などよりも遥かに過酷な環境が過去に存在し、その淘汰も経た遺伝子が今の地球上に存在する生き物の全て、というわけです。そんな末裔の一片のチリである自分は何者か。ときどき考えたいテーマです。


    関連参考URL ジェームズ・ローレンス・パウエル(2001)による〔『白亜紀に夜がくる−恐竜の絶滅と現代地質学』(229,249,313p)〕
    http://home.hiroshima-u.ac.jp/er/ES_K_Z3.html
    | communication | 11:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    ゴリラの死生観
    0
      人は思春期になると「死」を意識します
      愚息は昨年「死んだらどうなるのか?」
      と私に問いました 大人への入り口だと思います

      さて 
      じゃ
      人間以外は「死」をどう捕らえているのか
      そんなこと考えたこともありませんでしたが
      10年前ある本でそれを知り
      ぶっ飛んだことがありました

      それは優秀なローランド・ゴリラでした

      手話で600語以上の単語を習得した
      ココというゴリラが研究者のムーリンと
      「死」について会話した内容は
      次のとおりです

      ムー:念を押しますよ、
         このゴリラは生きているの、
         それとも死んでいる?
      ココ:死んでいる さようなら。
      ムー:ゴリラは死ぬとき、どう感じるかしら?
         −−しあわせ、かなしい、それとも怖い?
      ココ:眠る。
      ムー:ゴリラは死ぬと、どこにいくの?
      ココ:苦労のない 穴に さようなら。
      ムー:いつゴリラは死ぬの?
      ココ:年とり 病気で。

      どうですか
      僕はこの部分を読んだとき
      身震いしたのを覚えています

      人間と同じじゃないか と

      ちなみに手話の素は英語です
      「苦労のない 穴に さようなら。」
      の原文は
      "Comfortable hole bye."
      となっているようです

      良い言葉ですね
      「苦労のない 穴に さようなら。」

      いずれは僕も
      「眠る」 そして
      「苦労のない 穴に さようなら。」
      といきたいものです


      ps 出展は
      竹内久美子著『パラサイト日本人論-
      ウイルスがつくった日本のこころ』
      第三章 日本人の死生観-
      p111: 私は象ゴリラ-類人猿の死生観
      | communication | 00:10 | comments(4) | trackbacks(1) | - | - |
      実は関わりあっている三つの鍵
      0
        この三つが絶妙のトライアングルを構成しているように感じています。その三つとは
         屮ΕД嵜焚熟澄廖,舛ま新書  梅田望夫
        ∪萋セミナーで知ったESD(Education for Sustainable Development)
        持続可能な開発へむけての教育
        そして自分が勉強するコーチング
        環境、開発、人権、男女共同参画、多文化共生、平和、福祉など多くの分野にわたって学習するのがESDです。そしてそれを進めるためにはコーチングで生まれる自発的、自律的な人間が必要です。さらに過剰の生産、消費など量的な規制を生むのが「ウェブ進化論」で言うところの、ウエブのあちら側で生まれる自律制御能力であるような気がします。このテーマは自分にとって大変なテーマだと感じて、とてもワクワクしています。
        | communication | 02:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        サラリーマン川柳ベスト7選
        0
          毎年開催される第一生命の
          私が選ぶサラリーマン川柳ベスト100
          今年は第19回
          毎回楽しい川柳が登場します
          ベスト10句があるのですがそれとは別に
          99句のうち7句を選びました

          20 道たずね 防犯ブザーを 鳴らされる
          21 少子化を 食い止めたいが 相手なし
          36 我が社では 部長のギャグが クールビズ
          70 セキュリティ 一番手薄な 妻の口
          82 大画面 見やすい距離は 台所
          87 一点で 二転三転 志望校
          99 かけ込んで 視線が痛い 専用車

          (左手の番号は一般投票の順位です)

          以下私の一行感想です
          20 こどもの安全現実へ笑の警鐘
          21「相手なし」真の社会的原因を探せ
          36 パソコンにロックされた輩より好き
          70 人間の原点に万歳!
          82 人生ちぐはぐが一番
          87 そして人生は双六の様でもある
          99 胸を張れ オジさんはキミ達の親父さんと同じである

          コーチ・バリ 

          | communication | 01:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          効果的な質問の起源4万年?
          0
            類人猿くん達からのアプローチです

            あるチンパンジーに言葉の訓練をしたが
            肺炎で亡くなる6歳までに
            発音できるようになった単語は
            「パパ」「ママ」「カップ」だけであった

            一方
            手話を教えたあるチンパンジーは
            5歳のときに百数十語をマスター
            人と手話の会話を楽しんだ
            文法についても完璧にマスターしていた

            最新の類人猿スターは
            ボノボ(という類人猿)のカンジ君
            彼はヒアリング能力抜群
            お芝居と現実の区別もつき、ドラマを楽しむ

            調理のお手伝いもまさに朝飯前
            ナベに水を入れて
            「どう?これくらい?」
            というしぐさで尋ねるカンジ君
            「カンジ、モア・ウォーター」と言うと
            カンジ君は水道の水を足して再度伺いをたてる

            ここで作者は言う
            「こうしてみると、類人猿の言語能力についてはあと一歩。
            発音器官という問題を除けば、ほぼパーフェクトなところに
            まで到達していることがわかります。」

            ならばなぜ類人猿はしゃべらず
            人間はしゃべるようになったのか

            作者は考える
            「彼らにはその必要がなかった。一方、
            我々にはあったからだ」

            その「必要」が人類の不透明な婚姻形態にある
            というのが 動物行動学者でもある作者竹内久美子氏が説く
            「浮気人類進化論」 です
            http://www.asahi-net.or.jp/~wf3r-sg/ntztakeuchi.html

            作者は続ける
            ------------------

            音声言語の必要性は、その不透明な部分と
            関係があるのではないでしょうか。たとえば
            「あなた、きのうの晩、帰りが遅かったじゃないの。
            どこ行ってたのよ」
            「あっ、きのうは部長に誘われて・・・・。
             断れなかったんだよ」
            「じゃあ、シャツに女物の香水の匂いが
            ついているのはどうしてかしら」
            「そりゃ、おまえ。ぶ、部長ともなると
            高級な店しか行かないから
            女の子の接待がつくんだよ」
            「さあ、どうだか・・・・」
            こういうややこしくて微妙なやりとりは、
            音声言語を使わない限り難しいのです。

            ------------------

            この作者の仮説に立てば
            人類のコミュニケーションは

            1 口説く   ♂
            2 疑う    ♀
            3 言い訳する ♂
            4 調べる   ♀ (=情報交換=井戸端会議)

            といった浮気の攻防から始まったといえる
            すると、コーチングで使う「質問のスキル」は元来
            上記1,2そして4で洗練され鍛えられたものかも・・
            つまり、その歴史はわれわれの直接の祖先クロマニヨン人が
            登場する4万年前から始まっているのかも・・・しれません

            コーチングはとても新設の職種だけど
            実はもっとも古い道具をつかった職業
            でもあるか

            コーチ・バリ 志方


            ps
            何故人間の婚姻形態がユニークな一夫一婦制+不透明
            になったかについても作者は「浮気人類進化論」にて
            詳論していますが、ご参考までにその一部です
            ---------------------------
            哺乳類の進化史は、一面では子殺しをされまいとする
            母親の苦闘の歴史であり、とくにチンパンジーやゴリラにも
            子殺しが見られるということは、この闘いが類人猿から
            人間に連なる系譜においてもまだ続けられてきていることを
            意味している。そしてその中で文句なく勝利を収めたと
            言えるのが、人間とボノボのメスなのである。
            授乳期間中に、排卵は抑制されても発情は抑制されない
            というトリック。哺乳類の歴史の中で、子殺しを防ぐしくみ
            としてこれ以上の発明があっただろうか。
            ---------------------------

            参考図書
            竹内久美子著「遺伝子が解く!女の唇のひみつ」文春文庫
            竹内久美子著「浮気人類進化論」文春文庫
            | communication | 01:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            男のおしゃべり
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              先日 フォーミュラー・ワン自動車レース F1 の
              開幕戦がバーレーンで開催されました

              バーレーンと自動車といえば
              私にはめずらしい経験があります
              20年前バーレーンで自動車免許を取りました
              それまで日本では運転免許証を持っていませんでした

              3ヶ月以上週に1回運転の練習をし
              最後はバーレーン警察の試験に合格し取得

              自動車学校というものはありません
              町外れの広場にゆくと
              教習車を持っている人が集まっているので
              その人(=教官?)と交渉して契約が成立すると
              約1時間その車で練習するのです

              はじめの30分はその広場の地面に棒を4本立て
              それを目印にして車庫入れや縦列駐車の練習をします
              あとの30分は教官同乗で広場を出て
              町の中を右往左往走ります
              バーレーンの首都マナーマの旧市街は
              古い中近東の町特有のクネクネ路地が一杯ありまして
              初心者には厳しい練習コースといえます
              でもおかげで街中の地図に詳しくなりました

              その練習広場には
              中近東独特の白い布を羽織った教官らしき人たちが
              20人くらい集まっていてとても暇そうにしていました
              練習する人が来ない間はすることもないので
              彼らは2人一組になって散歩します
              広場を対角線に沿って歩いてゆきます
              端まで行くとまた戻ってきます
              そして戻ってくるとまた向こうへ歩いてゆきます
              それをいつまでも繰り返すという妙な風景でした

              彼らは「おしゃべり」しているのです
              延々「おしゃべり」しています
              身振り手振りも加えて「おしゃべり」しています

              当時、まだ20歳代だった私は
              「おしゃべり」ばかりしている彼らをみて
              随分無駄に時間を使う人たちだなあ と思っていました

              でもあれから20年、その間私は
              無駄と無駄でないものや時間の使い方について
              いろんな考えを世間に教えてもらってきました

              そして今「しゃべる」時間がとても大切だと思っています
              人間が「生きている」ということは
              「しゃべること」ではないか 
              生きる=しゃべる、と言い切ってもよいのではないか
              と思っています

              今思うと、広場で散歩していた彼らは
              生き生きしていたし、とても楽しそうでした
              ひょっとすると「おしゃべり」を目的に広場に集まり
              片手間に運転を教えていたのではないか
              とさえ思います

              心の悩みを抱える人が多い今を思うとき
              影が長くなるまで散歩を続けていた彼らの後姿が
              とても愛しく思い出され
              それは癒しの原風景のように映っています
              | communication | 02:21 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
              誰のお陰で大きくなれたのか
              0
                今日3月7日は私の誕生日でした 49歳
                たまたま頂戴したメールで、私が5年間駐在していた
                インドネシアのことを話題にしていて
                誕生日にまつわるエピソードを思い出しました

                インドネシア、ジャカルタでの生活で
                初めて迎えた誕生日の前日
                従業員の代表者が私のところにやってきて
                このように聞いてくれました
                「あすはあなたの誕生日ですね」
                「あ、よく知っているね、そうか、データがあるものね」
                「で、どうされます?」
                「どうする って?」
                「何かお祝いをされますか?」
                「いやいや、そんな、この歳(当時38歳)になって
                誕生日おめでとうもないだろうし・・
                ・・・歌でも唄うか、ははは」

                「・・・・?」

                「え?ほんとにするの?」
                「はい、あなたから皆にお祝いを渡すのです」

                インドネシア全土かどうかは不明ですがジャワ地方では
                お誕生日になったらその本人が周りの人たちに
                お祝いの品などを渡して感謝をする
                という風習があるようです

                教えられた私はそれでもまだ
                「そうか、曲がりなりにも経営者側の人間である自分は
                そういうことをする立場にあるのだ」 
                と誤解していました

                でも実は立場に関係なく どんなに給与の安い従業員でも
                そのナケナシの給与から駄菓子のようなものを
                沢山買ってきて皆に配ります
                ジャワの人たちは決して自分から
                「今日は自分の誕生日だからこれをもらってくれ」
                といった でしゃばった 言い方はせず
                ただ ニコッと笑って菓子を机に置いてくれます

                こちらが不思議そうに横に居る人を見ると
                その人が気をきかせて「彼の誕生日です」
                と教えてくれる というわけです

                考えてみれば 誕生日
                きょうまで生き永らえてこられたのは
                皆さんのお陰であることは明白なのであり
                こんな日こそ改めて 日ごろの感謝を形にする
                というのは とても自然で気持ちのよい所作ですね

                さ、その会社での誕生日お礼の品は相談した結果
                その日、食堂での昼食はすべて私が支払う
                というものになりました
                50人くらいの従業員に一生懸命食べてもらったので
                〆て1万円くらいになったかと思います

                もちろんこの慣習はいまでも続いていて
                私の後任もその後任も誕生日に食堂で振舞っていますし
                従業員の皆さんにも楽しみにしてもらっているとおもいます

                というわけで
                今日は誕生日です
                みなさま、本日まで私の成長を支えていただき
                大変ありがとうございました
                とても感謝しております
                そしてこれからもどうぞよろしくお願い申し上げます


                | communication | 22:09 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |